日本基督教団 下関丸山教会

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木曜日, 23.02.2012

「心の光をともす教会」 下関丸山教会

教会員の声
帰っていく場所としての教会
T・T(女性)



私は、下関丸山教会で、21歳になった年のイースターに洗礼を授かりました。それから20年以上、この教会のメンバーとして日曜日の礼拝に出席し、様々な行事に参加してまいりました。でも熱心に奉仕しているか?とか教会のために尽くしているか?と問われると自信のない答えしかお返しすることができないことが恥ずかしいです。ずっと周囲の皆様に甘えながら、今もなお甘えつつ教会生活のはしっこに加えさせていただいているのです。


私のような性根のないクリスチャンでも教会生活を継続してくることができた、そこに丸山教会のあたたかさ、優しさがあります。心が沈んでいる時、ほっとしたい、安らぎたい、拒絶されるのではなく受け入れてほしいと思った時、その求めに応えてくれる、ここはそのような場所なのです。


でも、比較的最近になって気づいたことなのですが、丸山教会がいつも私にとって苦しい時の「避けどころ」、一旦は離れることがあってもまた再び帰っていくことのできるところであり続けてくれたのは、迷って離れていく羊たちを、いつでもあたたかく迎え入れようとして、そのための備えを怠らないでいて下さる方々がこの教会におられるからこそだったのです。


丸山教会では、日曜日の朝9時から子供達、中学生、高校生のために教会学校の礼拝が守られているのですが、今子供達をとりまく環境は、大人同様忙しく、ゆとりに欠けていてその影響は教会学校にまで及んでいます。礼拝は行われているのに出席者がいないという事態が頻繁なのです。でも、そのような状況の中でも、いつ子供達が教会学校を訪れてくれるか分からない、いつ来てくれてもいいように、子供達の気持ちが教会に向いた時、ちゃんと迎えてあげられるようにと毎週、教会学校のスタッフの方々が忠実に礼拝を守っておられます。


年配の方、お体があまり強くない方、日頃お仕事をなさってお疲れのはずの方々が、日曜日の朝早い時間に教会のホールに集って、生徒がいなくても讃美と祈り、メッセージとを休むことなくささげておられるのです。自分から離れていった子供をも大喜びで迎える父の姿は、私たちが聖書を通して知る神のイメージです。求めて訪れるもの、一旦は離れてもまた帰ってくるものをいつでも心から迎え入れる教会、それはまさしく神様の愛そのもの、私にとって丸山教会とはそのような教会なのです。  





 
奉仕に、支えられて
H・N(女性)


私はキリスト教ではない家庭で育ちましたが、兄の熱心な導きで教会に行くようになりました。牧師が勧めるままに、20歳の時、クリスマス礼拝で洗礼を受けました。

 

最初の頃は、何も分からずに戸惑ってばかり・・・。ある日、牧師夫人が家庭菜園をしておられるのをお手伝い・・・。実家が農家なので、働くことは苦ではありませんでした。

 

牧師ご夫妻は、大変喜んでくださり、感謝してくださいました。それ以来、時折、教会に伺い「草取り」をするように・・・。25年前、下関丸山教会のメンバーになった時も、「草取り」「清掃」の奉仕をしよう、と自分に言い聞かせたものです。

 

「草取り」をしていると、通りがかりの知らない方が「お声」をかけてくださることも・・・。私にとって、何よりも「健康」であること、一人で色々思いを馳せる「ゆったり」とした時間をもてることが感謝!!。

 

下関丸山教会では、毎週土曜日10時から、壮年会、オリーブ会、しらゆり会や有志が交替で教会の清掃を。また、週報の係りの方、お花を生ける方などが、日曜日の礼拝の準備をします。神を賛美する喜びの礼拝を心待ちにして・・・。

 

その他、日曜日の朝早くから教会学校のスタッフの方々。礼拝看板を書いてくださる方々など見えないところで奉仕をしている方々が多くいます。

 

私は、最近「エベンゼーの教会」(オーストリア:織田義郎氏の水彩画)の水彩原画を見ました。「私の教会」もこのように「あればいいなぁ!」と願っています。川のほとりに街が広がっている中に、ひときは高く教会の赤い塔が立っている風景画・・・。

 

周りに住んでいる人々は、毎日、教会を見ながら生活を・・・。下関丸山教会が「ここに立って」無言で、「神の慰め」を語り続けている。下関丸山教会の礼拝堂そのものが「世の光」「地の塩」として証をしている・・・。そのための奉仕を喜んでしていきたい・・・。奉仕を通して実は育てられてきた、と思っている昨今です。有難うございます。神様!!

 
喜びをともに!

教会員 T. K (女性)

 

初めまして。私は、下関丸山教会で過ごす時間をとても楽しみにしている者です。
下関丸山教会に通い始めておよそ10年が経ちました。主婦と仕事の忙しい合間を縫って、下関丸山教会に顔を出しています。

 

例えば今、毎週水曜日の「聖書の学びとお祈りの会」で、新約聖書の「テサロニケの信徒への手紙(一)」を、学んでいます。
その時代背景、書かれた状況を牧師より教えてもらい、原文の言葉の意味を説明してもらうことにより、一人で読むと気付かない部分に肉付けがされていきます。

 

「テサロニケ」は、パウロの書いた初めての手紙であり、イエス・キリストの十字架の死からほんの20年後くらいに書かれたそうです。
そのことを知ることにより、聖書に書かれていることが、よりリアルに感じられます。

 

また、パウロは天幕作りの仕事で生活費を得ながら、あの伝道旅行をしていた、とか。
大使徒パウロが、ぐっと身近な生身の人になり、さぞお疲れだっただろうと思うと同時に、その偉大さや、愛がさらに強く感じられます。

 

何よりも、語る友川牧師が心より聖書に感動していることがいつも伝わります。その友川牧師のメッセージに強く励まされ勇気をいただいています。

 

学びの後、皆で順繰りに牧師や信仰の大先輩の方々に混じって、慣れない私も口ごもりながらお祈りをします。

 

この週の半ばの「聖書の学びとお祈りの会」が、私にとっては、砂漠の中のオアシスに値する時間と言っていいでしょう。
汲めども尽きない御言葉の泉をいただき、力づけられて、またあわただしい日常に戻るのです。神に生かされていることを感謝しながら。

 

聖書の学びとお祈りの会
 
とにかく、生きる

教会員 I. K (男性)

 

教会の門をたたいた日のことを、昨日のことのように思い出します。

 

30年勤めた会社が厳しいリストラを断行し、50歳で人生の転機に直面しました。
妻に任せきりだった大学生の長女、高校生の長男、中学生の二男、のことに初めて思いが至り、この地から社会に送り出すまで頑張ろうと、当地で独立することにしました。

 

ところが、世間に跳ね返され、退職金が見る間に減り、見通しの甘さを後悔し、不安に怯え、いつの間にか、自殺の場合は保険がいくら入るかという計算をしていました。

息苦しさに、当てもなく車を走らせていた時、偶然、小さな看板が目に入り、それまで存在すら気付かなかった教会の門を、ワラにもすがる思いでたたきました。


ゆっくり話しを聞いてくれた山崎牧師は、
「後ろばかり見ていると病気になる。苦しい時 はいつでも来なさい。」
と声をかけ、とにかく前に進むように背中を押してくれました。
迷って後ろばかり振り返っている内にウツになりかけていたことに気付きました。



迷った時や疲れた時に寄ると、礼拝堂の花が迎えてくれ、パイプオルガンに心が和らぎ、
説教や教会員との語らいに気持が楽になり、元気になって仕事に向かうことができました。

 

この15年。
生きることの厳しさは少しも変わっていませんが、
子どもたちを社会に送り出すことができ、生きていることに感謝できるようになり、
『門をたたきなさい。そうすれば開かれる。』
という聖句が少し分かるようになりました。